発酵あんこ。おしるこ。缶詰あんこ。あんこ好きのキッチンノート
あんこが好き。この文字を書き出しただけで、もうあんこが愛しい。まずこうやって、あんこに想いを馳せることが好き。次に、あんこの見た目が好き。キラキラと輝く粒あんは宝石のよう。光を吸い込むこしあんはスウェードのよう。なんて美しい素材なんだ。そして何よりも、あんこを炊く、時間が好き。
「あんこを炊きたい」思い立ったらすぐに、炊く。
「あんこ、炊きたい。」そう思ったら、躊躇することなく小豆を買ってきてザルで洗って鍋に火をつける。大豆と違って、小豆は水に戻す必要なく、すぐに炊ける。作り方だってわざわざ調べなくても大丈夫、小豆のパッケージの裏面に基本的な炊き方は書いてあるから。
「豆を煮る」はもっと雑で、自由でいい。
10代20代の頃は「豆を煮る」なんて、なんだか難しそうと思って身構えていた。熟練の技や知見があるものだけに許された料理だと思っていた。でもそう思っていた過去の自分に伝えたい。今すぐ自分で豆を煮なさい。拍子ぬけするほど簡単よ。野菜や肉を煮るよりシンプルだし、ケーキよりも失敗しづらい。事実、今までいろんなやり方で豆を炊いてきたけれど、大きな失敗をすることは一度もなかった。豆を煮るのって、実は料理初心者におすすめのレシピ。
必要なのは鍋の前に立つ「時間」だけ。
小豆を煮る時のコツは「鍋の前から離れずに豆と向き合う」に尽きると思う。鍋を見つめて、アクをとったり、差し水をしたり。そんなふうにお湯の中で踊り続ける小豆を見つめる時間はなんて贅沢なんだと思う。私は今、おいしい時間に向かっている。そんな贅沢な時間をもてるほど、自分の心に余裕があるということ。ラブアンドピース。全人類にあんこを煮てほしいと願う。
ちなみに小豆の煮汁の「アクは取るべき説」と「アクは取らなくてもいい説」には両説があって、私はその日の気分でアクをどのくらい取るかを決める。アクを取る時もお湯を全部捨てることは面倒なので、お玉ですくう程度。このやり方に落ち着いてから、豆を煮るハードルが低くなった。豆を煮る時間も、新豆を使うか、古い豆を使うかで変わるから、「●火で●●分煮る」ということは一概にいえない。とにかく、豆を見つめて、その日の感覚で、豆を煮る。味付けも、王道にお砂糖を使うか、麹で発酵させるか、デーツで甘みをつけようか、あるいは塩煮で甘くない小豆をストックしておこうか?気分次第でいろいろ。
1月はデトックスモードなので「発酵あんこ」をご紹介。
感覚まかせ「発酵あんこ」のレシピメモ
発酵あんこの作り方、イラストレシピ。
自分用の覚書としてポイントをまとめやすい、イラストレシピ。このレシピをたたきに、季節と気分で微調整。
発酵あんこの食べ方
完成したらまずはそのままお味見。ほんのり香る麹の味わい、やさしい甘さ。こどもたちに覚えさせたい味。からだに届けたい栄養もみっちりだ。
発酵あんこと焼き餅
鏡開きの1月11日には、グリルで焼いた杵つき餅にたっぷりの発酵あんこをのせて。発酵あんこは酵素や乳酸菌をそのまま食べたいので加熱せずに。いただきます。
発酵あんバター&焼き芋
あんバターもヴィーガンバターで最強にギルトフリー。ふつうのバターへの恋しさはゼロと言い切れる!
こんなふうに、おいしさ広がる発酵あんこ。でもやっぱり、麹の入っていない小豆濃度の高いのあんこもやっぱり食べたい。そんな私は、小豆を炊いたら、発酵あんこだけじゃなく、残った小豆で大好物のお汁粉も作る。
ギルトフリーお汁粉
鍋の中に残った小豆に、水をたっぷり、ラカントをたっぷり。お砂糖の代わりにラカントを使って少しでも糖質と罪悪感を軽くしたいので。お汁粉はたっぷりすすりたいし、お餅も絶対入れたいからね。
ラカントは中途半端に少なめにいれるよりも、贅沢にドサっと入れる。甘さはある程度あったほうが、「お汁粉たべた!」の満足感に浸れる。あとは塩をひとつまみ入れるのも忘れずに。餅もあんこもイチから手作りした、自分のためのワガママお汁粉の完成。食べるのは一瞬なのに、その一瞬のためにこだわりをぎゅうぎゅうに詰め込みたい。食いしん坊て、なんてワガママなんだ。でもやっぱり、おいしい!
時間がないときの緊急あんこ。
とはいえ時間がないときも多々ある。そんなとき、私のお気に入りはこの缶詰のあんこ。「サザエ」のゆであずき。
数年前、缶詰のあんこを食べ比べ研究したときに、urara'sオーディションで1位に輝いたあんこ。あくまでも私の好みだけれど、ほどよく甘くて、豆ぎっしり。(渋谷の東急にあるサザエのおはぎもおいしい)忙しいときはお昼ご飯に、お米の代わりにストレートで食べたりすることをここにこっそり書き晒しておく。あんこをおかずに味噌汁飲めるよ。
あんこをめぐる旅はつづく
あんこを極めたくて、あんこだけしか食べちゃいけないルールのもとに二泊三日の京都旅行へ行ったことがある。あらゆる名店のあんこはどれも美味しかったし、東京では食べられない味だった。でもいちばんおいしかったのは、実は名もなき喫茶店のマスターの炊いたお汁粉。偶然入った喫茶店で、期待せずに頼んだお汁粉のおいしさが忘れられない。皮を感じさせないなめらかな食感。でも、豆は一切煮崩れせずに一粒一粒が立っている。ホクホクなお豆に、しっかりとお砂糖が甘く染みこんでいた。マスターのおじさんは隠れたあんこ炊き名人だった。そのうえとてもやさしかった。赤子と幼児を抱えて喫茶店に迷い込んだ私に、オレンジジュースとお菓子をサービスしてくれた。「ごちそうさまでした」というと、「おおきに」と返してくれた。関東育ちの私はいまだ、リアルな「おおきに」を聞いただけで感動してしまう。とある大雪の日の、京都の思い出。ちょっと訳あり。個人的な思い出の加算ほど、食べものをおいしくするものって、ない。2024年はそんなおいしさにいくつ出会えるかな。まず、今年の課題はGoogleマップ散歩をしなこと。偶然に身を委ね、感覚を研ぎ澄ませ、食いしん坊の道をゆこう。urara